基本的人権とは
基本的人権とは、権利や自由を人が人であるというだけで当然に認められることをいう。日本国憲法は「個人の尊重」の価値観を基本としており、国民一人ひとりが個人として人間らしく扱われるということを述べている。このことは、国民一人ひとりの幸せのために国家がするのであって、国家のために個人が存在するのではないということを意味している。そして、人が個人として尊重するために必要な権利や自由というものが、基本的人権、または単に、人権と言われるものである。日本国憲法は、この基本的人権が「侵すことのできない永久の権利」としてすべての国民に保障されるとしている。
基本的人権の歴史
基本的人権が成立した背景にはイギリスの絶対王政にある。当時のイギリスは「家父長論」説が有力であったため王が全ての国民より優れているという考えがあった。そのため国民に人権はなく、支配される存在であった。その中で、憲法の親であるJ=ロックは「市民制府二論」を書き、人間には自然権があるとし王権神授説に対抗した。その結果人々は人権の原型である自然権を持ち、王はこの自然権を侵せないものとして人間の本能的欲求である生命の自由、身体の自由、財産の自由を保障した。このJ=ロックの民主政治を勝ち取る運動により、現代の国民が当たり前に有する人権を形づくったのである。しかし、時代が進むにつれ、資本主義が発展し、国民の貧富の差は広がることとなった。そのため、従来の国家からの自由を中心に考えられてきた基本的人権の尊重だけでは不十分とし、国家が積極的に個人の生活に配慮するよう主張されることとなった。その結果、国家の不干渉を要求するのではなく、逆に、国家からの社会的弱者のために積極的に行動すべきとされ、個人の人権を守るため多くの権利・自由が定められるようになった。
人権の性質
一言に人権と言ってもその性質は以下の3つに分けることができる。
固有性
これは誰から与えられるものではなく、人間であれば人権を有するのが当たり前であるということである。
不可侵性
これは人権は原則、国家権力に侵されないということである。
普遍性
これは人権、身分、性別など関係なく、人間であれば誰でも人権を持っているということである。
これらの性質をうけ、人権は自由権、参政権、社会権、受益権に大別することができる。
自由権とは
自由権は基本的人権の尊重の主要部分であり、国家からの自由を意味している。主に国家が個人の領域に対して権力的に介入することを排除し、個人の自由な意思決定と活動とを保証するものである。
自由権は以下のように3つに分類することができる。
精神的自由
精神的自由には思想・良心の自由、信教の自由、学問の自由、表現の自由がある。
経済的自由
経済的自由には職業選択の自由、居住・移転の自由、財産権がある。
人身の自由
人身の自由には被疑者の権利、被告人の権利がある。
これらの分類はさらにいくつかの自由保障に分けることができる。
参政権とは
参政権とは国家への自由を意味している。これは国民の国政に参加する権利である。すなわち、国民が自由であるためには、その政治に参加していくことが最も望ましいというところから認められる人権である。参政権の具体例には選挙権や被選挙権の他に、憲法改正の国民投票や最高裁判官の国民審査もこれに含まれる。
社会権とは
社会権とは国家による自由を意味している。これは社会的、経済的弱者が人間に値する生活を営むことができるように、国家の積極的な配慮を求めることができる権利である。社会権の具体例には生存権、教育を受ける権利、勤労権などがあげられる。
受益とは
受益権とは国に対して一定の作為を要求する権利である。具体例には裁判を受ける権利、請願権、国家賠償請求権、刑事補償請求権などがこの受益権にあたるが、裁判を受ける権利などは、古くから自由権と相伴って保障されてきたものである。
新しい人権
現代社会の急激な変化にともない、憲法制定当時には予想されなかったような問題が発生している。その結果、環境権、プライバシーの権利、知る権利、自己決定権など、「新しい人権」を確立されるようになった。
この新しい人権とは日本国憲法第13条の「幸福追求に対する国民の権利」の部分である幸福追求権が根拠となっている。その中でもプライバシーの権利は現代社会において重要な権利である。
プライバシーの権利
プライバシーの権利は従来、マスコミ等による私生活の公開等に対する、「放っておいてもらう権利」として構成されていた。しかし、近年の情報技術の発展に伴い、行政機関や企業によって大量の個人情報が収集・保有されるようになった現代社会においては、単に他人の目から放っておいてもらうのみではなく、自己に関する情報を自分自身でコントロールできて初めて人格的な生存が可能とされるようになった。この観点から個人情報保護が制定され、情報をみだらに公開されないだけではなく、個人の情報を管理するということも併せて制度化されている。
人権の範囲
これらの人権は、人が人である以上、人権、性別、社会的身分などの区分に関係なく当然に享有できる普遍的な権利である。しかし、憲法第3章は「国民の権利及び義務」と題し、文言上、権利の主体を「国民」に限定している。
ここにいう国民とは形式的には、日本国籍を有する自然人を指しているため、「国民」あたらない法人や、外国人に関して、人権を享有する主体になり得るか問題となっていた。
例えば法人には、生存権、生命や身体に関する自由、選挙権などは認められていない。そこで、法人にも人権が保障されるかについては、その人権の性質事に検討することが必要とされており、判例は性質上可能な限り、法人にも人権は保障されるとしている。また、外国人が人権享有の主体になれるかどうかという問題では、外国人は、自然人ではあるものの、日本国籍を有していないため、国民とはいえない。しかし、人であるがゆえに認められる人権が外国人にも保障されるのは当然である以上、判例は、基本的人権は権利の性質上、日本国民のみを対象としていると解されるものを除き外国人にも保障されるとしている。
人権の制限
人権は、絶対無制限というわけではなく、個人の一方的な利益獲得行為や他者の人権にも配慮しなければなりません。つまり、社会一般の利益観点から見て不適切な場合や、ある個人の人権と別の個人の人権がぶつかり合ったときに、その衝突の調整の限りにおいて人権が制約される。このような人権と人権の矛盾、衝突の調整の原理を公共の福祉という。公共の福祉とは必要な限度の規制を認めるということ、つまりお互いの人権がぶつかり合った際、両者の人権に折り合いをつけていくという意味である。しかし公共の福祉とは人権相互における衝突を調整する公平の原理であるが、個人に人権に対する制約が、どの程度まで可能であるのかということが明確ではないという問題もある。