第1章 研究の動機
福祉業界で働く人々は「人々のために仕事をしているから利益を追求してはならない」という暗黙の了解がある。
しかし、福祉といっても経営する以上、そこにはビジネスが発生している。そして財が生まれている。財がなければ存続も出来ず、職員を雇用することもできない。さらに必要最低限の財しか生めなければ柔軟な経営はできない。
ではそのような中でどのようにして利益をあげているのか気になったため本研究を始めることとした。
また、昨今のウイルスにより、一般企業が福祉分野に参入する流れがある。一般企業が福祉業界で儲けにることができるのか、福祉業界のどの分野に参入しているのかも気になったため、合わせて研究することとした。
第2章 この研究で使う用語
・用語に関しては各教科書や参考書、細かな数字や図はワムネットを参考にしてください。
SCResearchReport→https://www.wam.go.jp/hp/keiei-report-r1/
第3章 本論
3-1福祉業界の特殊性
福祉業界は大半が制度の枠組みの中で行われる制度ビジネスであり、人が人へ直接サービスを提供するという性質を持っている。一般産業との主な違いとして以下のような3つがある。
1)人員配置が固定されている。
2)多様な人材確保が求められる。
3)資格に対する帰属意識の高さ
1)の人員配置であるが、制度により事業ごとに人員基準が求めれている。さらに資格保有者の配置を義務付けている事業もあり、このような人員配置基準は一般産業には見られない制約である。
2)の多様な人材確保であるが、従業者の男女比率が関係している。福祉業界の男女比は概ね2:8と言われている。一方で一般産業では8:2である。この男女比における問題として、結婚・出産・育児による離職があり、5%程度あると言われている。こうした現状から、今後は人種・国籍・年齢を問わずに人材の活用することが求められる。
3)の資格に対する帰属意識の高さであるが、福祉業界は専門職集団の集まりであるがゆえに、資格が重要視される傾向がある。これは専門職としての技術を高める意味では良いが、自分の所属組織に対する意識が低くなる傾向がある。そのため、業種は変えずに転職を繰り返す人も少なくない。
ではこのような特殊性の中でどのようなビジネス体制が行われているのかについて述べたいと思う。
3-2 介護保険制度の実態
介護保険制度は導入されて20年で一大マーケットとなっている。サービスの利用者は制度開始の149万人から現在では487万人となり3倍も増加している。このような一大ビジネスである一方、制度ビジネスであるゆえに、財政問題が付きまとっている。2020年度の社会保障関係予算費予想案(図1参照)では、介護に対し約3.4兆円(全体の9%)を出資しているという。国からの費用負担があるがゆえに新たなビジネスを確立したとしても、法に則っていなければ、継続できないようにされる可能性もある。
制度ビジネスであるもう1つの特徴として、経営側に価格の決定権が無いことがあげられる。これはつまり事業所がどんなに素晴らしい人材を備え、どこよりも充実したサービスを提供しようと、それによる価格の上乗せが出来ないことを意味する。
また、定員が定められているサービスの場合、1日単位の売上がほぼ確定してしまうが、そこから人件費、食材費、光熱費等を賄わならず、効率的な経営を行わなければ赤字にとなる。
次に介護保険制度上の施設のビジネスモデルについて説明したいと思う。
3-3 特別養護老人ホームのビジネスモデル
介護保険上の名称では、介護老人福祉施設である特別養護老人ホームは近年減少の兆しがある。特別養護老人ホーム(以下特養)は開設できる事業者が地方公共団体と社会福祉法人に限定されており、営利法人が参入できないようになっている。事業者が特養を建設する際、国等から2億円程の補助金を得て建設している。しかし年々財源確保の点から補助金も削減されつつあり、新規に開設するとしても大金を借金して運営することとなっている。また、国等の財政難に加え、高齢者の特養離れも影響している。その理由として高額な費用が上げられる。個室タイプでは自己負担額が6万円以上のところが多く、さらに介護報酬の単価引き上げもあり、経済的な面から避けられている。
今後減少が続くようであれば、閉鎖や合併が増えてくるのではないかと思う。
特養の利益率で言えば、厚労省が発表している特養の経営実体では全体的に1.8%の黒字経営となっている。しかし、施設単体で見ていくと、赤字施設と黒字施設が二極化していることが分かった。調査対象施設の内、約3割強が赤字経営となっている。一方で利益率10%が2割、15%が1割、さらに20%が5%もあるので、黒字経営も同様に3割ほどある。黒字経営の大きな要因に利用者数と職員数のバランスがあげられる。黒字経営の施設の利用者数は70人前後となっており、それに対し、職員数は45人前後となっている。つまり、利益率5%を超えている施設では利用定員総数の65%に相当する職員を雇用している場合が多い。
3-4 介護老人保健施設のビジネスモデル
介護老人保健施設(以下老健)の経営主体は7割程が医療法人となっており、管理者も医師に限られている。また、特養のように億単位の補助金もないため、新規開設は特養よりも困難となっている。
介護報酬では老健のような従来型と新型(個室)に別れているだけでなく、2018年の改定から①基本型(要件を満たした従来型は基本型に編成)、②加算型、③強化型、④超強化型、⑤その他型(要件を満たさない従来型はその他型に編成)に分かれている。基本報酬ごとの構成は次のとおりである。基本型が 38.9%ともっとも多く、次いで加算型が 31.7%と続き、強化型が8.1%、超強化型が 15.6%、その他型が4.1%となっている。
老健の全体な利益率で言えば、5.7%が黒字経営23.0%が赤字経営となっているおり、前年度よりも赤字割合は 2.8 ポイント上昇している。報酬別の利益率では、超強化型の事業利益率は 6.5%と高く、赤字割合も低水準、利用率は他の区分と同水準となっている。
超強化型が利益率を上げている理由として、通所の定員数および利用率が他の区分よりも高いことが挙げられる。退所後のフォローアップを含め地域の利用者への通所リハビリテーションを比較的大規模に実施していることも考えられ、在宅療養支援の機能が発揮されていると考えられる。
国の方針で施設から在宅への流れがあるため、今後在宅復帰に向けた支援がいかに効率よく発揮できるかが重要であると考える。
3-5 高齢者の住まいにおけるビジネスモデル
これまで述べてきた特養や老健は介護サービスが前提となっており、その運営には様々制約がある。さらに開設条件を満たしたとしても今後利益を出していけるか非常に不透明であることが分かった。その一方で介護保険の制約を極力受けず、運営主体がある程度自由となっている施設もある。それが以下の3つの施設である。
1)サービス付き高齢者住宅
2)有料老人ホーム
3)認知症高齢者グループホーム
これらの施設は特養等の受け皿として設立された背景があるものの、現在では特養よりも利用を希望する高齢者も増えてきている。
こうした観点から、福祉業界で新規参入の可能性がある事業としてこれらの3つが注目されている。
3-6 サービス付き高齢者住宅のビジネスモデル
サービス付き高齢者住宅(以下サ高住)は言わば高齢者のアパートである。定員数の縛りも特になく、多いところでは利用者が100名以上の施設もある。
サ高住は介護保険の縛りもなく、施設数は増えている。介護サービス機能はないが、多くの場合が、通所介護や訪問介護、小規模多機能型居宅介護を併設しており、家賃に加え、介護報酬により利益を上げる形態が多くとられている。
さらに介護サービスを追加することで国土交通省から補助金も出るため、開設のハードルもやや低いものとなっている。
しかし、この運営に厚生労働大臣は第8期介護保険事業計画の指針ではサ高住の開設は市区町村により数を設定するという規制がかかった(図2参照)。
開設数に関して言えば、都心部は高齢者の人数に対して施設数は少ないが、地方では飽和状態となっている。今後新規開設を行う場合、都心では需要が高まる可能性があるが、地方では新規開設は抑制される可能性があると考える。逆を言えば、施設が新規開設されにくいとなると、ライバルとなる施設が建つ可能性はほとんどないため、競合に利用者を奪われる心配がないため、収入が突然落ち込むようなことも少ないと考えられる。
図2
3-7 有料老人ホームのビジネスモデル
有料老人ホームは営利法人が中心となって運営している。分類として3つあり、介護付き、住宅型、健康型に分かれている。(図3参照)
図3
種類 | 介護付き有料老人ホーム | 住宅型有料老人ホーム | 健康型有料老人ホーム | |
入居対象者 | 自立 | △ | 〇 | |
要支援 | △ | 〇 | × | |
要介護 | 〇 | 〇 | × | |
入居時の費用目安 | 0~1億円以上 | |||
月額利用料の目安 | 12~40万円+介護保険自己負担分 | 12~40万円+介護保険自己負担分 | 12~40万円 | |
付帯サービス | 食事 | 〇 | 〇 | |
緊急時の対応 | 〇 | 〇 | 〇 | |
介護サービス | 〇 | 〇 | × | |
長く住む | 〇 | 〇 | × |
(介護付き有料老人ホームは介護専用型、混合型、自立型に分けれており、介護専門型は要介護のみ、混合型は要介護・要支援両方となっている)
運営主体は近年、全国展開している大企業が参入している。また、株式会社や有限会社の合併や買収も盛んに行われている。
主な収入源は、入居一時金と月額利用料(家賃、管理費、食費など)が基本となっている。これに、介護事業も行う介護付き有料老人ホームでは、介護費用も収入の一部となる。
このうち、大きな割合を占めるのが入居一時金であるが、昨今では0円~数数億円など金額設定には大きな幅がある。
高級施設や、立地が極めて良い場所にあって、分譲住宅や一般的な賃貸住宅でも人気が出るような土地では、比較的一時金が設定高額となっている。ただし、現在では入居一時金ゼロが一般的となっているので高額な費用設定はしにくい現状でもある。
余談であるが、場所によっては他の老人ホームや施設よりも高級志向の面があるため、介護よりも接遇マナーやホスピタリティを求められる場合があるので転職してこんなはずじゃなかったということもあるとのこと。
3-8 認知症高齢者グループホームのビジネスモデル
グループホームの運営主体は、半数が株式会社となっている。入所店員は一ユニット当たり5~9人で1つの施設に3ユニットまで設けることができるので最大でも27名の小さな施設である。
こうした小規模のため、なかなか利益が上がらないように思えますが、利益率は高いものとなっている。全国平均の利益率が5.1%と前介護保険サービスのでトップとなっている。(特養は1.6%、老健は3.8%)
こうした背景には各種加算を積極的に取得する増収があると考える。特に2009年の介護保険法改定で、看取り介護加算が新たに追加され、グループホームでも看取りの需要が高まったことがあげられる。
一方で看取り体制等が十分に整っていない施設では、健康状態が悪化すると提携している医療施設、あるいは介護施設へ移ってもらうという流れになってしまい、稼働率が安定せず、赤字経営となっている施設もある。